仲整骨院 歴代アスリート 第3弾STORY 03 / BASEBALL
戸畑高校から、北九州の未来へ。
2008年から続く、仲整骨院との縁。
中村 道大郎
なかむら みちたろう MICHITARO NAKAMURA
燃える男。
その情熱を、
次の世代へ。
自分の野球を信じ、何度でもグラウンドへ。
そのまっすぐな熱は、いま、子どもたちと北九州の未来へ向かっています。

音声ガイドを準備しています。
- 仲整骨院との出会い
- 2008年
- フェニックス
- 初代キャプテン
- 次の世代と歩む
- 皿倉BASE
01 / 仲院長の記憶
あの頃から、
ひときわ熱い男だった。
中村道大郎さんが初めて仲整骨院を訪れたのは、2008年。戸畑高校で野球に打ち込んでいた頃です。それから現在まで、治療や身体のメンテナンスを通じた付き合いが続いています。
当時の私の目には、「福岡県No.1」と呼びたくなるショートストッパーに映っていました。プレーの存在感に加え、仲間を引っ張るキャプテンシーも、ひときわ際立っていたのを覚えています。
野球に対する自分の考えがはっきりしていて、ときには指導者と意見をぶつけることも。それだけ、自分の野球に本気だったのでしょう。野性味あふれる人間性と、ほとばしる情熱。私にとって、道大郎はずっと、忘れられない存在です。




02 / 挫折、そして再挑戦
それでも、
野球が好きだった。
戸畑高校から日本体育大学へ。その道のりは、順風満帆なことばかりではありませんでした。思うようにプレーできない時期も、一度は野球から離れた時期もあります。
それでも、再びグラウンドに戻ってきた。香川、神奈川、そして故郷・北九州へ。さらに台湾のチームでもプレーし、選手としての高みを求めて挑戦を重ねてきました。
2022年にはフェニックスの初代キャプテンに。2023年は九州アジアリーグのベストナイン(一塁手)を受賞し、2024年には選手兼任ヘッドコーチを務めました。同年、チームは九州アジアリーグで初優勝を果たしています。
悔しい時間を知っているからこそ、仲間の思いにも向き合える。私には、その経験の一つひとつが、彼の人間としての厚みになっているように感じられます。

04 / SARAKURA BASE
子どもたちと共に、
北九州を盛り上げる。
いつからか、それが彼の合言葉になりました。2026年8月、少年野球チーム「皿倉BASE」を立ち上げ、新しい一歩を踏み出しています。
自分が上を目指すだけでなく、次の世代が野球を楽しめる場所をつくる。競技の喜びも、挫折も、もう一度挑む気持ちも知っている彼だからこそ、子どもたちに伝えられることがあるはずです。
道大郎には、野球への愛も、人生への愛も、たくさん詰まっている。彼と共に野球をする子どもたちには、きっと楽しい未来が待っている。私は、そう信じています。
あの頃のショートストッパーが、
今度は、子どもたちの未来をつくっていく。
仲整骨院 院長 仲 憲一
皿倉ベースの原点
いつか、一緒に野球チームをつくろう
幼い頃からの友情と、二人で語った夢
その物語を、諫山一(イサヤマイツ)くんが伝えています
PROFILE / 2026年10月時点
中村道大郎さんの歩み
- 生年月日
- 1992年5月26日
- 出身・ポジション
- 福岡県北九州市 / 内野手・右投右打
- 学校
- 守恒中学校 → 福岡県立戸畑高校 → 日本体育大学
- 主な所属歴
- 香川オリーブガイナーズ → 神奈川フューチャードリームス → 福岡北九州フェニックス(現・北九州下関フェニックス)→ 全越運動棒球隊(台湾)→ GENESIS FUKUOKA
- 主な役割・実績
- フェニックス初代キャプテン(2022年)
九州アジアリーグ ベストナイン・一塁手(2023年)
フェニックス選手兼任ヘッドコーチ(2024年) - 地域での活動
- 少年野球チーム「皿倉BASE」を設立(2026年8月)

少年だった頃の表情も、
大人になってからの情熱も。
そのどちらも、仲整骨院の大切な記憶です。

